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人は自分を傷つけた人間を許せる・・ [日記・エッセイ・コラム]

オウム真理教(アレフに改称)による松本サリン事件の被害者でありながら容疑者扱いされた河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間に交流が生まれたという。人は自分を傷つけた人間を許すことができるのだろうか。河野さんの心を知りたいと訪ねた。【小松やしほ】

元記事http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20090310dde012040012000c.html

 以下抜粋です。

初めて会ったのは06年6月26日だったという。その人は藤永孝三さん(48)。藤永さんは、94年6月の松本サリン事件でサリンの噴霧車を製造したとして、殺人ほう助罪に問われて懲役10年の刑が確定した。06年3月に刑を終え出所。獄中で河野さんの手記を読み、おわびしたいと、妻澄子さんの見舞いにやってきたのだった。

 「加害者だからうんぬんという感情は持っていません。やってしまったことはしかたない。元には戻らないのですから。反省する、しないというのも、その人の心の中の問題だと思うんです。自分のしたことは自分で総括するしかない。それが私のスタンスです。今まで私は誰に対しても、会いたいと言われれば、できる限り会ってきました。藤永さんも、私に会っておわびしたいとやって来た。その思いを私は受け入れたわけです」

藤永さんは刑務所にいる時に社会復帰をした時に役に立ちたいといろいろな作業をした。庭木の剪定の資格も取った。藤永さんは月に一度河野さんの自宅の庭木の手入れをしている。

 再び引用

「だって日本は法治国家でしょう。罪を犯せば罰せられる。でも刑期を終えて出てくれば、それ以上の不利益は受けないと、法律で決まっている。そうであれば、普通の人として接するのは、当たり前のことじゃないでしょうか」

 頭では理解できる。しかし、感情的には受け入れられない。そう問うと、河野さんは軽くうなずき続けた。

 「何度も死にそうな目に遭うとね、命には限りがあって、どこで終わるか分からない、人生八十いくつまでというのは錯覚だと分かる。3年後に人生が終わるとして、3年間恨んで憎んで過ごしていたとしたら、そういう人生はその人にとって幸せなのかなと思うわけです。楽しんでなんぼの人生の方がいいじゃないですか。だって、人は間違えるものなんですから」

許すことは確かに難しい。些細なことも許せずにずーっとわだかまりを持っている人もいる。けれど、河野さんが言うように間違いをしない人間など一人もいない。欠点のない人間も一人もいない。他人を恨んだり、憎んだりして過ごすことは自分のために自分の周りにいる人たちのためにはならないと。

けれど、世の中には間違いに気付いていない人もたくさんいる。そういう人には間違いを教えてあげた方がいいと思う。もちろん、間違いに気づいたなら許します。[わーい(嬉しい顔)]


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